生きづらさ解消

生きていてくれてありがとう

ももかです。

モチベーターという言葉を見たとき。自分を定義する表現をやっと見つけた気がして、すごくシックリ来ました。

肩書はメンタルトレーナーだけど。

私の仕事の本質はモチベーターなんだと考えると、なんともスッキリする。

まさか、自分のやっていることが、今ある言葉で置き換えられる日が来るなんて思わなくて。

しれっとTwitterのプロフィールにいれつつ、すごく地に足の着いた感覚を覚えました。

「やっと、私も社会の一員だ」と、なんとなく思いました。

みんな一生懸命生きている

これは、HSPHSSに出会うたびに思うのだけど。

本当にみんな、一生懸命生きているのね。

非HSPとの違いがわかるからこそ、HSPの『人生』や『生きる』ことに対するひたむきさを感じると、とても愛おしく思えてならないんです。

全員まとめて抱きしめたいくらい。

本人はそれを「生きづらい」と言うけれど。

そして、実際生きづらいと感じるのだけど。

本当のところは、命と真剣に向き合って、その他大勢が見逃してしまうくらいの『人の営みの偉大さ』を感じられるからこそ、生まれる感覚なんですよね。

だからね、誰よりも一生懸命生きているHSPが「生きづらい」と感じてしまう現状が、すごくもどかしくもある。

みんな、人よりも感じやすいがために、人よりも傷ついて、戦って、心を壊してまで立ち向かおうとして。

本当に、よく生きてるよ。

よく、ここまであきらめずに。

生きるって大変

生きるって、本当大変だよね。

私は何度、「もういいや」「もう無理」「もうこれ以上頑張れない」「ここまでやりきったんだから、もういつ終わってもいい」と思ったことか。

あまり大きな声では言えないけれど。

不謹慎だと思うだろうけど。

パンデミックだって、もはや

「あぁ、そう来るか。そう来なくても、いつかは何かの形で終わるだろう人生だ。」

なんて思っちゃう。

だけど、大きな声で言えないのは、

「何度、『命カラガラ』なんて経験してきたか知れないけど。そんな私の経験なんて、本当にいま病気で苦しんでいる人の辛さに比べたら、きっとなんともない」

なんて思っちゃうから。

幸せだって、人と比べるものじゃないと言うのに。

苦しさになると「みんな我慢してるから」とか「私よりツライ人もいる」なんて思って、自分の感覚を押し殺して、どこかの誰かの気を使ってしまう。

ずっとずっと自分のことより周りの誰かの気持ちを優先して生きてきて。

それなのに、ウッカリ地雷を踏んで「自分のことばかり」「傷ついた」と、たった1回言われた言葉が、心の奥の奥に突き刺さって取れなくて。

私は人の気持ちを考えられない人間なんだ。

自分のことしか考えてない自分勝手な人間なんだ。

自由に振舞ったらいけないんだ。

と思って、言葉も気持ちも飲み込んでいく。

今日も明日も変わらず毎日はやってくるし、人と接すれば無理やりでも笑顔になれちゃうし。

やれと言われたら、そこそこ動けちゃう。

心の中はボロボロで、今にも爆発してどうにかなっちゃいそうなのに。

誰にも伝わらない。

そうやって、社会にカメレオンのように潜んでいる、そこのHSS型HSPのあなた。

あなたが「悩んでいるんです」と、私のもとに話に来てくれるだけで。

私も、「仲間がいるんだ」「一人じゃないんだ」と、勇気をもらって嬉しくなるんだよ。

何もわからなくていい。前にも後ろにも進めなくていい。

ただ、見ている世界を教えてくれるだけでいい。

それだけで。

私は、これまで何度も自分を諦めきれなくて、人生いつか心から笑える日が来ると思って、ここまでやってきた自分に。

「生きていてくれて、ありがとう。諦めないで立ち向かってくれてありがとう。」と言えるんだよ。

生きていてくれて、ありがとう

悩んでいるだけで。存在しているだけで。

人をひとり救えるって、すごくない??

今は苦しくて八方塞がりかもしれないけど。

それでも。

生きていてくれて、ありがとう。

HSS型HSPとして、この時代に生まれてきてくれて、ありがとう。