生きづらさ解消

【閲覧注意】適応障害の治療~教室にいられない~

この記事は、2018年にメルマガで配信した内容を再編して掲載しています。

※ひたすらネガティブな気持ちになります。閲覧には注意してください。※

 

前回の記事の続きです。

初めて心療内科に入ったときの感想は「普通の病院と変わらない」でした。

受付を済ませ、待合室で順番を待つ。他の患者さんも、ぱっと見どんな症状なのかわかりません。何も言われなければ普通の人と同じ。

問診票で大量の質問に答えて、精神状態をチェックされます。

名前を呼ばれて診察室に入り、先生に症状を伝え、私は『適応障害』と診断されました。

適応障害の治療

病院へは、月に1回通いました。

夜眠れるようになったかとか、学校はどうだとか、そんなことを先生に報告します。

症状は、回復したと思ったら、またどん底な気分になったり。風邪のように「薬を飲めば、次の日には元どおり!」とはいきませんでした。

薬の副作用で、ダルイし、ねむい。

朝起きても体に力が入らなくて、ソファーから動けないことも頻繁にありました。

教室にいられない

担任の先生と、本当に仲の良い子だけ、病院に通っていることを伝えました。

学校生活で特に辛かったのは、教室にいることです。

閉ざされた空間で、生徒がギュウギュウ詰めになっている。逃げ場がないと思うと、体が爆発するような衝動にかられて、教室から飛び出してしまうこともありました。

そして、保健室に駆け込んでベットで休む。

落ち着いて教室に戻れれば良い方で、そのまま早退するパターンが多かったです。

この衝動がないときも、胃痛で保健室に行ったり。朝起きれなくて、遅刻したり。

教室に入りたくなくて、誰も来ない校舎裏のベランダでぼーっと空を見ていたり。

とにかく、何もなく1日学校で過ごすのが困難でした。まともに授業を受けることができず、勉強はもっとついていけなくなりました。

通院終了…だけど

なんとか高校を卒業し、大学に進学すると症状は徐々に回復していきました。心理学を専攻したので、人に興味のある穏やかな友達がたくさんできたからです。

大学の教室はとても広いし、席も自由です。学びたいと思った科目を自由に履修できる点も、私にはすごくあっていたようです。

そして、4年間の通院生活を終わらせる決意をしたのです。

 

ちなみに、通院が終わってから、すぐにバラ色の人生になったか?というと、まったくそんなことはありませんでした。

社会に出てから何度も、まだ治っていないのかと思うような出来事が、たくさんありました。

上司や部署が変わっただけで、知らないうちにストレスをため込み、メンタルがやられてしまうからです。

残ったトラウマ

最後に、今も残っているトラウマの話です。

ジャケットやスーツを着ると、制服が連想されて、息ができないくらい苦しくなります。(ブラックな営業会社の影響もある)

通勤ラッシュでスーツを着た大群が押し寄せてくると、身動きが取れない教室を思い出して、発狂したい衝動にかられます。

過呼吸の発作も、閉鎖された空間(個室やお風呂など)にいると起きやすいです。

抗不安薬と同じ効果を求めて過食の量が増え、甘いものが手放せなくなりました。

本音

今、あの頃を振り返ると。

4年間も精神安定剤に頼らず、もっと他の治療方法を探して、途中で病院を変えていたら、こんなに後を引かなかったのかなと思います。

目で見える症状がなくなることと、生きやすくなることは別問題だとわかったからです。

それでも、心療内科に通う経験が、私の人生でどんな意味があったのかなと振り返ると、

  • 私はたくさんの人に助けられ、支えられて生きていく。
  • 人よりできることもあるし、できないこともある。(これが超極端)

ということを、学ぶきっかけだったのだと思います。

今、通院中の方、病院に行こうかな?と考えている方、何か参考になれば嬉しいです^^


シリーズー終ー

このシリーズは、いま悩んでいる人の【1m先】を照らすことを願って公開しました。

数年後の未来なんて、とても想像できないと思うから。「いつか必ず」という言葉も軽はずみな気がするし。

でも、1m先なら。少しだけ、薄っすらでも、明るくできるかもしれない。そう思って、私のアウトプットも兼ねて。