自己肯定感

「甘える」と「頼る」の違いとは?

こんにちは、ももかです!

頑張り屋さんは、甘え下手や頼り下手が多いですよね。なんとなく、言葉の響きから他力本願なイメージがあって、自分でやらなきゃという気持ちになります。

人から「頼っていいんだよ」と言われても、「それって甘えじゃない?」という気持ちが邪魔して素直になれない。

ん?甘えると、頼るって、何が違うのでしょうか?

「頼るな!」というセリフは少ない

私自身、甘えるのも頼るのも苦手で、ついつい1人で全部やろうとする傾向にあります。甘えるのはよくないイメージがあるので、極力我慢してしまいます。

中学生の頃には友達の相談役になっていて、親からも「ひとりで何でも解決できるからね」と言われていました。頼りにされることが多かったからか、自分が頼ることが下手になりました。

甘える、頼る、という言葉についてしばらく考えていて、ふと思いました。

ドラマのセリフで「甘えるな」はよく聞くけど、「頼るな」は滅多に聞かない

主人公に向かって「甘えるな!!!」と叫ぶシーンはよく見ますが、「頼るな!!!」というシーンは少ない気がします。(ゼロではないですが。)

なんとなく、甘えるの方が他力本願度が高い感じがしますよね。世間的にも、甘える=悪いこと、というイメージなのでしょう。

甘えると頼るはどう違うのか

「甘える」が、自分の力で行動していない人を奮い立たせるニュアンスで使われるのに対して、「頼る」は、肩の力を抜いてみんなで協力しようよ、というニュアンスで使われます。

たとえば、新入社員がひとりで残業しているところに、上司が「もう少し周りを頼りなよ」とアドバイスします。これが「もう少し周りに甘えなよ」だと、力の抜き具合が変わってくる。

私の勝手なイメージでしょうか?笑

ここで、言葉の意味を比べてみることにします。

【甘える】(人の好意を期待し)慣れ親しんで人なつこくする、またわがままをする。

【頼る】助けてくれるものとして、よりかかる。たのみにする。つながりを求める。てづるとする。

なるほど!甘えるがワガママで、頼るは寄りかかる。やはり、言葉の意味が違うんですね!

ポイントは責任をどこまで保持するかの違いです。

任せた結果も全部相手のせいにするのは、責任を放棄しているので甘えです。頼るというのは、結果に対する責任は自分に残したまま、行為だけ託すことです。

仕事で頼るとは、プロジェクトの最終的な責任は残したまま、他の権限を託すこと。

たとえば、予算や人の管理など指揮権は全部渡すけど、大事なところでは率先して動く心構えでいる、などが当てはまるでしょう。

一方甘えるとは、トラブルが起きても我関せずで、「お前が何とかしろ」とか「自分にはどうしようもできなかった」とか、当事者意識をなくすことです。

甘えると頼るの違いは、責任や当事者意識を持っているかによる、ということですね。

甘えるのは悪いこと?

では、甘えるのは悪いことなのでしょうか?

甘えるとは、責任を放棄して他力本願になり、ワガママを言うことでした。でも、結局のところ甘えと頼るの線引きは、人によって違います。何をワガママと感じるかは個人差があるからです。

甘える経験をしことがない人は、頼ることができません。1度でも誰かに100%身を任せたことがあれば、寄りかかる力を微調整することも可能です。

全速力で走ったことのない人は、自分の全速力がどれくらいかなんてわかりませんよね?

だから、ワガママになって責任を放棄して甘えた経験をした方が、頼るという力加減がわかるようになるのです。

思う存分甘えられる時期は赤ちゃんのときです。しかし、赤ちゃんのときに思うように甘えられなかった場合、不安感を抱きやすいまま成長しまいます。すると、大人になっても上手く他者を頼ることができません。

甘えることは悪いことではなく、心の成長のために必要な過程なんですね。大人の場合は、頼るの力加減を知るためにも、一時的に全てを委ねてワガママになる時期も必要なのです。

まとめ

甘えると頼るの違いは、責任をどこまで保持するか区別されます。

甘えるという言葉には「ワガママ」というニュアンスがあったので、なんとなく悪いことのような気持ちになっていたんですね。

頼るの方は、肩を借りる「お手伝い」のような感じです。だから、ドラマでも励ますシーンで使われているのでしょう。(協力しようよ、というメッセージ)

でも、1度全力で甘えた経験がないと、頼るという力の加減がわかりません。

自分のことを、甘え下手、頼り下手、と感じている人は、まず全力で甘えてみることから始めて、徐々に調整していくといいですね。

それじゃあ、またね!