自己肯定感

気質を受け入れることと、影響力を自覚すること

こんにちは、ももか(@momohsphss)です。

私が最初にHSPという言葉を知ったのは、2015年〜16年くらいだった気がします。

5人に1人、人口の20%という数字に対して、「それしかいないの!?少ない!!」と思ったことを覚えています。

だって、みんな私と同じ感覚を持っていると思っていたから。

80%の人が、私みたいに深く考えないし、細かいこと気にしない、そういう【体の作り】で生まれてきたってことが衝撃でした。

「5人に1人…私だけじゃないんだ。」という安心感は持てませんでした。

なぜか頑張れてしまう、そんなもんだろう

ずーっと、なんとなく集団に馴染めない、人と違う気がする、なぜか生きづらいと感じていて。(自覚はなかった。今振り返って、当時を表現すると「生きづらい」という言葉になる。)

相手の考えていること、感情が変化した瞬間、私にどうして欲しいのか、なぜかわかってしまう。

普通にしているのに、なぜか注目され、人が集まり、それは感謝すべきことだと頭で言い聞かせるけど、同時に経験する『孤独』や『疎外感』から、自分に自信なんて持てなかった。

こんなに悩み、苦しんで、いつもギリギリなのに。むしろ、いつ壊れてもおかしくない気持ちでいっぱいなのに。

なぜか頑張れてしまうし、社会生活を送れるし、一人で生活もできてしまう。

適応障害の症状も改善しないし、非嘔吐過食の症状は悪化する一方だし、借金は増えるばかりだけど。(これも、当時はどれも自覚が薄かった。見たくなかった現実なんだと思います。)

そんな生活が長すぎて。

みんな、そんなもんなんだろう。世の中って、世界って、生きるって、そういうもんなんだろう。

と、思っていました。

「なかったこと」にしていた気持ち

ところが、2017年にHSS型HSP気質を受け入れ、「私が今まで悩んできたのは、この気質について発信するためだったんだ!」と使命のようなものを感じて、ブログで発信を始めました。

今まで感じていたけど「なかったことにしていた」気持ち。

見て見ぬふりしすぎて、もはや「わかって欲しい」とすら、思わなくなっていた気持ち。

心の中を恐る恐る観察して、思い切って気持ちをブログに書いたら、1人…2人…とコメントをくれる人が増えて。

「私も同じことを考えていました」

「私がおかしいんじゃないんだと思えました」

「読んで泣きました」

1つ1つのコメントが嬉しくて涙が出ました。

会ったこともない、どこに住んでいるのかもわからない、でも同じ気持ちを抱いている人たちと、ブログを通して出会うことができました。

そこでやっと、「私は1人じゃないんだ」「自分の感覚は【確かに存在するもの】として扱っていいんだ」と思えるようになりました。

そして、半年後くらいに逆エンパスという言葉と出会います。

影響力が怖い

逆エンパスは、人に影響を与える大きな力を持っている。普通にしていて、エネルギーが湧き出てくる。

周囲を刺激して発生させたエネルギーを、自分に取り込んで大きく共鳴する。

自分にそんな性質があると知り、今までの色々な経験が腑に落ちるとともに、『言葉を発すること』『自分の意見を言うこと』が怖くなりました。

私の感情が相手の感情を揺さぶるなら、できるだけ自分の感情の揺れを小さくしなきゃ。

傷つけないように、波風立てないように、怒らせないように、迷惑かけないように。

偉そうと思われないように、生意気・謙虚さが足りないと思われないように。

小さく、小さく。

当たり障りない言葉で。みんなと同じように。普通に。常識的に。

ひとりだけ違う行動したら目立つよ!何も考えずに思ったこと発言したら注目されちゃうよ!

そうやって、言葉や気持ちや考えを封じ込めないと、この社会ではみんなみたいに生活できないんだから。

私は逆エンパスという言葉と出会って、自分の影響力や人と付き合うことが怖くなり、「生活の最優先はメンタルの安定」というテーマを掲げて、感情の揺れを小さくすることを心がけるようになりました。

影響力の輪のサイズを受け入れる

逆エンパスという言葉を知ってから、約2年半。

やっと、やーーっと。自分の『影響力』や『立ち位置』を受け入れる時期に来たのだと感じています。

メンタル、安定しなくていいのかもって。笑

感情は揺れる海の波だと言いつつ、揺れを最小限にしたかった。でも、揺れをコントロールしようとする時点で、もう自然じゃないのかもしれない。

有名な『7つの習慣』で、影響力の輪というのが出てきます。自分が影響を与えられる範囲のことです。

この影響力の輪の大きさは、人それぞれ違うんですよね。逆エンパスは特大サイズなのでしょう。

立ち位置とは、影響力の輪の大きさに応じて、それぞれの役割があるということです。

役割とか立ち位置とか影響力とか。

受け入れたくなくて、逃げたくて、どうにか言い訳したくて(なのか、本当のところは、よくわからないけど。)

心理学、物理学、量子力学、脳科学…たくさん色々勉強して、学問的に理論で説明できることを求めて、自分を納得させようとしていたのかもしれない。

もうさ、頭で組み立てた理論とか、学者の先生が研究した結果とか、そんな証拠じゃ説明できないところまで来ているんだ。

今言えることは、「とにかく、そういうものなんだ」ってことです。

気質を受け入れることは、本来の自分を知ることだし、人との違いを知ること。それと、立ち位置を知って受け入れることは、また別物なのかもしれない。

影響力の輪のサイズを受け入れるのは、自分だけで完結できることじゃないから。

とても勇気がいるんだなと感じています。

HSPHSSライフスタイルラボ