自己肯定感

自分を「ちっぽけで無力」と感じることも心の成長

こんにちは、ももか(@momohsphss)です。

心の成長に欠かせないのが、「自分の無力さを痛感する」ことです。

これは、むやみに「私はダメな子」と自虐するという意味ではなく、自分を客観視できるようになることです。

ただ、自分の無力さを心から悔やんで素直に受け止めるという行為は、なかなか苦しいので、多くの人は途中で「だから私はダメなんだ」と自虐に戻ってしまうんですね。

今回は、自分をちっぽけで無力だと感じたときの、心の扱い方についてお話しします!

急に自分をちっぽけだと感じる瞬間

私を含めて、周囲のHSPを観察していると、気質を受け入れてから1年くらいは、それまでの自分の行いに対して、自ら「NO」という日々が続きます。

本当に望むことを自分に問いかけ続けると、それまで信じてきたことが、実はどれも重要ではなかったと気づくからです。

  • ガツガツ仕事したくない
  • そこまで恋愛に興味ない
  • お金欲しくない

こんな感じです。

トラウマが絡むものほど、気づいたときには膝から崩れ落ちるような「まさか!」という感覚を伴います。

タイムマシーンで過去に戻って、「何やってたのよ!!」と、自分に説教したいほど憤りを感じることもあるでしょう。

そのときに、急に自分がちっぽけな存在だと思うようになるんです。

私としては、この自分がちっぽけで無力だと感じる経験も、自己肯定感を育てるために必要な感情だと思っています。

優等生が不良になるとき

学園ドラマでも、よくありませんか?

優等生だったA子が、ある日突然問題行動が多くなって、学校に来なくなって不良とつるむようになるやつです。

心配して様子を見に来た熱血先生に対して、

A子「私はもう、良い子でいるのなんて、うんざりなんだよ!あんたに、私の何がわかるんだよ!」

と、拒絶します。

でも実は、A子は行き場のない気持ちに押しつぶされそうで、仲間と離れて1人になると涙が止まりません。

A子「私、何やってんだろ。。。」

そんなある日、ナンパしてきた大学生とノリでカラオケに行ったら、無理やり押し倒されてしまいます!!

どれだけ抵抗しても逃げ出せず、A子が恐怖に怯えていると、熱血先生が勢いよく登場!

先生「大事な生徒なんだから。助けるのは当然だろ。」

あれだけ冷たくあしらったにも関わらず、見捨てず助けてくれた先生の大きな愛情に、A子は自分のちっぽけさを感じ涙します。

A子「そうか、私は寂しかったんだ。」

そして、翌日の教室には、以前のように輝く笑顔で席に座るA子の姿が。その眼差しは、とても頼もしくなっていました。

…次週へ続く。

学園ドラマはまさに、中高生の「反抗期」との向き合い方みたいなテーマですよね。

抑圧された感情を爆発させて、自分でも扱い方がわからなくて、周囲を傷つけて。ある日、自分が拘っていたことが急にちっぽけに思えてくる。

この経験が、「自分」と「他人」を区別し、境界線も強くするんです。

大人が不良になったら?

成人してから迎える反抗期も、まさにA子と同じようなことが起きています。

実際には、熱血先生のように根気強く向き合ってくれる人もいますし、嫌味を言って離れていく人もいます。

大人の反抗期は、人間関係の精査が行われる時期とも言えます。

私は大人の反抗期の大切さを何度もお伝えしているので、よく「反抗期中です」という相談が来ます。

大抵は、今までの自分と真逆の状態になり、身近な人に感情をぶつけてしまって、制御できない様子に怯えているんですね。

「このまま、感情を解放し続けて大丈夫でしょうか?」

と、みなさん質問されます。

大丈夫です。

感情は、感じ切ると自然と消滅する特徴があるので、同じ状態が一生続くことはないです。

反抗期中はコントロールすることよりも、思う存分吐き出すことを意識した方が、逆に長引かずに済みます。

不器用ながら必死に思いを伝えて、傷つけたり傷ついたりするからこそ、一緒にいてくれる人の存在が身にしみてありがたく感じるんですよ。

大人の反抗期については、メントレブログの記事も参考にしてみてください▷【認知行動療法応用】感情が爆発する「大人の反抗期」の過ごし方

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