お金

【HSPHSSとお金】500円が教えてくれたこと「神社とおっさんと猫」

豚の貯金箱

初めてお金の話を書こうと思ったんだけど、「何から書けばいいの!?」って悩んでたの。

スマホのメモを見返していたら、ある日記が出てきたらから紹介するね。

2017年の秋。価値観の枠を壊すために、「神社ミッション」をして500円の重みに気づいた話。

HSPHSS気質を受け入れて、自分と向き合っている中で「お金」と「価値」について衝撃的な気づきを得てしまったの。

神社ミッションとは、ご利益のなさそうな神社にあえてお賽銭を入れること。

何のメリットもなさそうなことに、お金を使う体験をするというもの。(個人的には、認知行動療法の応用だと思ってる。)

神社ミッションは、心屋仁之助さんのブログに詳しく書いてあるよ。

お金がない時ほど神社ミッションをする理由

神社ミッションしたらアカン人もいる

今回は、物語のようなテイストで進んでいくよ。

忘備録としてメモに残しておいた文章を、そのまま掲載していくね。

それでは、どうぞ〜。

よし、神社ミッションをしよう

賽銭箱

2017年9月。

ある人のメルマガを読んで、「価値観の枠外にあること」をしようと決意した。

自分の考えと真逆のことを、あえてしてみる。そこで、最初に頭に浮かんだのが「神社ミッション」だった。

「あの神社にしよう。」

 駅までの通り道にある、ボロい神社。小さな賽銭箱と、お地蔵さんが3体並んでいるだけ。

そもそも神社と呼べるのかもわからない。でも、お地蔵さんと賽銭箱があるから、神社ってことでいいよね。

歩道橋を降りて、駅までの通り道。100mほどの、歩道と呼ぶには広すぎる謎の通り道があった。

お地蔵さんは、謎の通り道の隅に立っていた。

近くには喫煙所があって、夜には酒飲みがたむろしたり、カップルがイチャイチャしてる。

私は毎晩、たむろする人を横目で見ながら歩いていたが、彼らの気持ちは全くわからなかった。

「なぜ、こんな何もないところで、ただ時間を潰せるの?なぜ、都会の掃き溜めのような場所に、神社があるの?」

ずっと謎だった。

「この神社は何を守っているの?お賽銭を入れにくる人はいるの?ボロくて小さい神社なんか、ありがたがる人はいるの?」

色々な疑問をなんとなく抱きながら、目の前を通り過ぎる日々。

神社ミッションもうひとつの候補

実は、神社ミッションの候補は、もうひとつあった。

ボロい神社から15分ほど歩いたところにある、有名で綺麗で大きい神社。駅から離れていて、あまり人通りはない。

候補にした理由は、私がお賽銭を入れる瞬間を誰にも見られなくて済むから。

「誰にも見られずに、ひっそりできるかも。」

一瞬リスクを避けたい衝動が浮かんだが、すぐ消えた。

「人目を避けてコソコソやったところで何になる。人に見られながら、いつもやらないことをやるんだ!だから、神社ミッションをする意味があるんだ!」

私は自分に言い聞かせて、都会の雑踏の中に佇むボロくて小さい神社に決めた。

いざ、決行の日

いざ、決行の日。準備は万端。

何を準備したかというと、あらかじめ500円玉をポケットに入れておく。これは、お賽銭の投入から退場までをスムーズにするため。

賽銭箱の前に立ち止まってからお賽銭を入れるまでの時間を、できるだけ短くしたかった。

そして、自分にとって「ちょっと大金」だと思う500円にしてみた。1円や10円じゃ、重みがない。

ちょうど、お財布に入ってた500円玉を使うことにした。

頭の中で何度もシュミレーションしているから、きっと大丈夫。

目の前に立ちはだかる30センチの壁

鎖

金曜日の夜ということもあって、街には人が大勢いた。神社の周辺には、いつものように酒飲みやカップルがいる。

車道と歩道の境目の、車道側を歩いていた私は 「しまった!」 と思った。

神社のある通り道には、車道と歩道の境目に、車よけの重たい鎖とポールが交互に1m間隔で連なっている。

中に入るには、鎖が途切れたところを探すか、飛び越えないといけない。

集中するあまり、鎖の途切れたところを通りすぎてしまった!

(この鎖を飛び越えるのか…?)

鎖の高さは地面から30センチ。たったそれだけなのに、私は中に入れなかった。

「人が多いし、なんか臭いし、こんなところでやっても、何にもならないだろ。」

想定外の出来事に直面し、やらない理由が一気に脳内を駆け巡った。

気がつくと、500円を握りしめたまま神社を素通りしていた。

神社ミッション、失敗。

500円玉が教えてくれたこと

500円

トボトボと歩きながら、行き場をなくした500円玉を眺めて考えた。

「あれ?500円って、こんなに重かったのか。私って、500円が10万円と同じくらいの大金だと思っていたんだ。」

いちばん驚いたのは、何も得るものがないことにお金を払えないという自分の感覚だった。

来週、お昼に絶対食べようと決めていたパスタは450円。パスタを食べるためなら、いま掴んでいる500円玉を喜んで手放す。

それなのに。何の見返りもなく、ましてや恥をかく可能性があることには、500円だって払いたくないと思っていたのだ。

お金持ちの気持ちがわかった!

考えを巡らせながら歩いていると、また違う言葉が浮かんできた。

「お金持ちの人って、こういう気持ちなのか!」

私はお金持ちに何かをしてもらうことばかり考えていた。

(神社ミッションをするきっかけとなったメルマガで、「お寿司屋さんで知らないお金持ちにおごってもらった話」を読んだことを思い出した)

お金をもらう、人を紹介してもらう、教えてもらう…

 一度でも「お金持ちに何かしてあげる」ということを考えたことがあるだろうか。

この時点で、私は「自分がお金持ちではない」と言っていることになる。

お寿司屋さんで見知らぬ若者に

「なんでも好きなもの食べてくれ!おごってやる!」

という人の気持ちを想像せず、

「そんな人が現れないかなー。」

と思っていた。

失敗した神社ミッションで、とても大きな気づきを得てしまった。

神社ミッション、リベンジ!

次の日は、朝から雨だった。

神社ミッションのリベンジをするか一瞬迷った。だけど、神様に試されているとも思った。

「天候のせいにしてまたやらないの?」

一瞬やらない理由が浮かんだけど、今日の私は違う。何がなんでも、神社ミッションを成し遂げると決意した。

仕事が終わり、まだ雨が降っていたので、左手で傘をさした。右手には、昨日の500円玉。

同じ失敗はしない。

神社まであと10mだ。車よけの鎖が切れているところを確認し、中に入る。これで、賽銭箱までスムーズにいける。

ラスボスの登場

猫

「ここまでは、想定通り。」

ところが次の瞬間、思わず身構えた。なんと、神社におっさんと猫がいるではないか!!

おっさんは、ホームレスのようで、黒いトレーナーにデニムのパンツ。手には白いビニール袋を持っていた。

猫は2匹。種類はわからないけど、トラ模様のやつ。もう1匹は真っ白だった。

私は、おっさんと動物が苦手。よりによって、苦手なものがダブルで先制攻撃をしかけくるなんて!

だけど、今日は逃げるわけにはいかない。何がなんでも、神社ミッションを成し遂げると決めている。

戦闘態勢に入った私は、おっさんと会話してやろう、とすら思った。猫にだって、噛まれても引っかかれてもかまわない。

ポケットの中で500円玉を握りしめて、神社まで一直線に進んだ。賽銭箱の前には、短い階段がある。大人2人がギリギリ並べるくらいの横幅だ。

賽銭箱が置いてあるスペースも、とても狭い。階段からお賽銭を入れても、余裕で届く距離だった。

ドキドキしながら階段を上がると、おっさんと猫とすれ違った。

神社ミッション完遂

おっさんはよく見たら、ホームレスではなかった。どうやら、猫たちとじゃれているようで、トラ模様の方を「みーちゃん」と呼んでいた。

私は警戒しながら、みーちゃんに目をやり微笑んだ。

(引っかかれませんように…)

そして、次の瞬間。素早く賽銭箱に500円玉を滑らせた。

ゴトン

鈍い音を立てて、500円玉は箱の底に沈んでいった。

「よし、終わった。すぐ立ち去ろう。」

階段から降りようと振り返ると、みーちゃんが足元によってきた。

噛まれる!

身構える私と対照的に、みーちゃんは冷静にニャーとも言わず、素通りしていった。

なんともあっけなく、30秒くらいの出来事だった。

空っぽになった手のひらを見て思ったこと

2日間に渡る試行錯誤の末、ついに成し遂げた神社ミッション。

空っぽになった手のひらを見つめながら、昨日と同じ道を歩いて帰る。

思わず笑いがこぼれそうになったのは、予想していた事態が何一つ起こらなかったから。

近くでたむろしているやつに笑われる。変な奴、不思議ちゃんと思われる。猫に噛まれる。おっさんに絡まれる。

予想していたことは何も起こらず、普通だった。普通すぎて笑えてくる。

「私は、どれだけ人の目を気にしていたんだ。」

見ず知らずの名前も知らない、顔も覚えていない人たちからも「可愛いと思われたい、綺麗でいたい、ダサいことはしたくない」と自分を守ろうとしていたなんて。

おんぼろ神社にお賽銭したところで、私は何も変わらない。痛くもかゆくもない。

何に価値を感じるかは人それぞれ

お地蔵さん
お地蔵さん

それから、もうひとつわかったことがある。

誰も必要としていないと思っていたボロい神社でも、雨宿りしにくるネコがいる。そのネコと戯れて癒されているおっさんがいる。

そのために、あの神社があるのかも。

自分の価値観で「いる、いらない」「正しい、間違っている」と判断することの危険を知ることができた。

私にとっては、ご利益がなさそうだから必要ないと感じる神社も。

猫には雨宿りできて、餌をくれる人間と出会える場所。

おっさんには、動物に癒されることができる場所。

「価値」って、人の数だけ存在するのかもしれない。だったら、私が何に価値を感じるかも、私の基準で決めていいってことだよね!

まとめ

神社ミッションをする目的は、自分の価値観の枠外にあることを、あえて体感してみることで、物の見方に柔軟性をつける練習をすること。

多くの人が素通りするであろう、ボロい神社にお賽銭を入れる。しかも、人に見られながら。

やってみて、気づいたことは次の4つ。

  1. 何かを得る確実な保証がないと、お金を払いたくないと思っていたこと
  2. 人に何かしてもらうことばかり考えて、自分は人に何ができるか考えていなかったこと
  3. 勝手に人の目を気にして、勝手に不安になって、勝手に怖がっていた自分がいたこと
  4. 何に価値を感じるかは人それぞれ。だから、他の人から見たら「いらない」ものでも、自分にとって大事なら、それでいい。

神社ミッション気になった人は、やってみてね!