働き方

「情報」に価値が生まれるとはどういうことか?

こんにちは、ももか(@momohsphss)です。

最近仕事について考えることが多くなっています。

それで、私の感覚として、ブログは会社で、クローズドな「LINE」や「鍵付きインスタ」は家みたいな感じなんです。

ブログでも自由に書いてるんですけど、クローズドな限られた人しか見ていない空間だと、やっぱり本音が出やすいんですね。

だから、答えの出ていないモヤモヤを吐き出すために、立ち止まったときはLINEやインスタでガス抜きをしていました。

でも、今後また自分のサービスを提供していくにあたって、公の場でも正直な気持ちをお伝えしておかなければ、と思い始めました。

「身内に向かってコソコソ喋ってないで、表でちゃんと説明しようよ!」って。

前置きが長くなりましたが、今回は過去にインスタに投稿した内容と、さらに現在の考えを追記したものもをお届けします!

テーマは、【情報でお金をいただくこと】です。

「みんなで一緒にやりましょう」が苦手

私はブログに助けられて来た人だから、記事を書くときは「考えてることや持ってる情報を出し惜しみしない」と決めています。

この世の中には、誰かに手取り足取り教えられなくても、必要な情報は自分で取りに行き、パズルのピースを集めて自分の頭で考えられる人がいます。

HSPやギフテッドは、まさに当てはまりますよね。

私自身もそうだから、誰かが書き続けてくれたブログで勝手に多くを学んで、自分の状況に活かす方法を考えて、たくさんのヒントを見つけています。

だからなのか不明だけど。

自分で提供するときも、マニュアル(教材)に沿って1〜10を丁寧に説明する『セミナー』や『講義』が窮屈に感じてしまうんです。

「はい、みんなで一緒にやりましょう!」って言われると、「ウッ」ってなる。笑

「情報」でお金を取る違和感

ブログに力を入れるほど、「情報提供だけでお金取る必要ないよね?」という考えにたどり着くんです。(営業職のときの考えがあるからかなぁ)

私が届けたいのは、情報提供のその先にある未来で、未来を手に入れたいと思うかの判断材料のために情報を提供する。

HSPで言うなら、その先にある未来とは、「自分らしく生き続ける生活」とか、「大好きな人に囲まれて楽しく笑い合う環境」とか。

判断材料とは、「ももかの考え方を取り入れたら、欲しい未来が手に入るのか?」だったり、「実際に生きづらさを解消したHSPがどんなことをしているのか?」だったりします。

心の問題を打開するための解決策なんて、本当に人それぞれで、環境やらタイミングやらで変わるんだから。

【現状】→→→→→→【未来】

この千差万別な現状から未来に向かう【過程】に対して、一人一人に親身に根気強く向き合っているのが、心療内科医や心理カウンセラーという人たちです。

そして、彼らの膨大な経験値から生み出された「統計」が、

  • 〇〇〇克服マニュアル
  • 60日で▲▲▲な自分になる方法

という教科書になります。

私は、心理カウンセラーという人種が大好きです。

大学で心理学を専攻していたときは、同じように人が好きな友達がたくさんできて、本当に楽しかった。

だからこそ、彼らの王道パターンは歩まない。そう、決めたの。

「情報」に価値が生まれるとき

ブログで無料公開しているので、「情報」だけでお金を取ることに違和感があったのですが。

需要と供給が成立すれば、情報そのものが価値を持つ場合があるとわかりました。

情報商材という言葉があるけど、まだ経験したことがない人は、すでに経験している人に、お金を払っても話を聞きたいでしょう。

本が良い例ですよね。

本や講演会は、他人が経験した何十年という情報をたった数時間で擬似体験できます。

他にも、就活生がするOB訪問だって、まだ経験したことがない社会人としての視点を先輩からもらうために、時間を使って話を聞きに行くものです。

情報には価値がなくなったと言っても、それは誰もが簡単に手に入る情報に限った話なんだと感じてきました。

アマゾンの奥地で生活する方法とか、1000人に告白させる方法とか、レアなテクニックは希少価値が高いから、お金を払ってでも知りたいと思うもの。

テクニックだけじゃなくて、

  • 戦争体験
  • コンビニがない島に住んだ体験
  • 学生時代ずっといじめられていた体験

など、経験者が少ない情報も貴重です。

戦争体験にあるように、ある時代では希少性が少なくても、時代を経ることで価値が高まる情報もあります。

誰が「情報」の価値を決めるのか

結局、価値がない情報はいつの時代も溢れていて、尚且つ価値が「ある」「ない」と定義するのは、情報を欲している人が判断することなんですよね。

コンビニがない島に住んでいる人の生活は、コンビニが溢れている都会に住んでいる人にとっては価値のある情報になる。

だって、体験したことがないから。

私はずっと自分が提供できるものについて考えてきたのだけど、最終的にはいつも「情報(経験)」なのだという考えにたどり着きます。

だけど、時代は情報を求めていないから、もっと価値のあるものを作り出さないといけないと思ってしまっていたの。

同じ情報でも時代や人が変われば価値が出る。

私の持っている情報にも「価値がある」と感じるから相談してくれるわけなので、ならば対価として報酬をいただくのは、悪いことではないのでは?

その報酬を次の体験に使って情報の質を上げて、相談の回答の精度を上げていけば、最終的には相談者さんの利益になるじゃないか!

終わりどころがわからなくなってしまったけど。

価値がない情報はいつの時代も存在していて【情報提供そのものに価値がなくなったわけではない】と気づいたって言いたかったです。

それじゃあ、またね。