転職ジプシー時代の話

4年で生きづらさから脱却〜HSPHSSの物語④「私には価値がある」

この物語は、ももかが生きづらさから脱却するまでの軌跡をまとめた記事だよ。

前回のお話はこちら

4年で生きづらさから脱却〜HSPHSSの物語③「変人でもいい!」

今回お話するのは、この部分

2017年6月HSPカウンセリングを受ける
その後、時田さんのブログに出会い「私はHSPHSSだ!」と衝撃を受ける

初めてHSP向けのカウンセリング(カラーセラピー)を受けて、私には価値があると思えるようになったの。

その後、HSPHSS研究家の時田さんのブログに出会って、「私はHSPHSS気質だったんだ!!」と衝撃を受けた。

今回は、私がHSPHSS気質を理解し受け入れるまでのお話。

前回のあらすじ

頑張らない自分には価値がないと思っていた。

ネガティブな感情を持つのは悪いことで、周りを不快にするから愚痴を言ったらいけないと、感情を縛り付けていたの。

そんな自分の存在に気付き、違和感を覚え始める。

「理系脳ビジネスの作り方」を発信している新田さんのメルマガを読んで、エネルギー、時間、空間、磁場など物理の概念を知る。

その中で、「過去の出来事をどう意味づけするかは自分次第」という事実に驚愕し、10年分の日記をブログに公開し始める。

2ヶ月半の間、不安と恐怖を感じつつ、時には泣きながら書き続けたの。そして気づいたのは、「どんな状態の自分も存在していいんだ」ということだった。

HSPカウンセリングを受けるために栃木へ

注)今回登場する花純(かすみ)さんは、現在活動休止されているので、リンクは控えます。

小さい頃から、相手が私にどんな振る舞いを求めているのか、感覚でわかることが多くて、その通りに振舞ってきたの。

だけど、生きづらさの原因が「共感しすぎる気質」にあるとは、HSPカウンセリングを受けるまで気づかなかった。

なぜ、HSPカウンセリングを受けようと思ったか?

10年分の日記を公開している最中に、とても興味深いHSPブログを発見したから。

ブログを書いていた花純(かすみ)さんは、こんなことを言ってた。

  • HSP気質を知って楽になった
  • 脳の仕組みを知ることで、不安の感情に冷静に対処できるようになった
  • ポジティブな感情が増えて、悩むことが激減した

HSP気質への興味もあったけど、何より花純さんという人がとても気になったの。

ブログの記事から、「伝えたい」という気持ちが感じられて、私もこんな風に記事を書きたいなぁと思った。

ちょうど、花純さんはHSPを対象にカラーセラピーをされていたの。

だから、お話ししてみたいと思って、栃木県まで遠征した。

とは言っても、正直あんまり深く考えてなくて、「交通費あるし、行こう!!」って感じだったの。

指定された場所の近くまで来て、突然我に返って

ももか
ももか
何やってんだ。今まで色んなカウンセリングを受けても生きづらさは解消しなかったじゃない。花純さんと話して、何が変わるの??

扉の前でしばらく考えてしまったの。

逃げ出したい気持ちが溢れてきたけど、来ちゃったからしょうがない!って腹をくくって扉を開けた。

人生で感じた違和感

私は、それまでの人生でなんとなく感じていた違和感について勇気を出して話してみたの。

  • 表情、視線、声の些細な変化で「私に心を開いてくれた瞬間」がわかること
  • 小さい頃から、大人が私にどんな振る舞いを望んでいるのか、なんとなくわかってしまうこと
  • 望まれるような子供でいなければ、と思っていたこと
  • 自分で自分がわからないこと
  • すごいね、と褒められると裏があるのでは?と疑ってしまうこと
  • 自分に自信がない


花純さんは、「それ、あるよね〜」といった感じで、まるで日常の雑談をするように聞いてくれた。

他の人に同じ話をすると、「すごいね」とか「考えすぎじゃない?」とか言われるから、自分の気持ちが置いてけぼりになる感覚で余計寂しくなる。

花純さんが優しく聞いてくれたおかげで、ずっと行き場のなかった違和感がスーッと消えていくようだった。

気づいたら泣いていたの。

私が落ち着いた頃を見計らって、花純さんはHSP気質について丁寧に教えてくれた。

そのうえで、「大丈夫。ももかさんは、とにかく大丈夫。」と、何度も励ましてくれたの。

始めは、大丈夫と言われてもピンとこなかったけど。

あまりに何度も「大丈夫。」と言われるから。

帰る頃には、「よくわかんないけど、私は大丈夫なのか。」と思うようになってた。

アファメーション「私には価値がある」

カラーセラピーの最後に、アファメーションを決めた。

アファメーションとは、肯定的な宣言のこと。

「やればできる」とか「私はすごい!」とか、ポジティブな言葉を意識して口にすることで、脳の思考回路を修正していくの。

今、私が自分のセラピーでアファメーションを取り入れているのは、この時効果を実感したから。

花純さんのカラーセラピーを受けて、人生で初めて決めたアファメーションは「私には価値がある」だった。

ずっと、何かを成し遂げないと価値がないと思ってたから。

何もしなくても、今のままでも、そのままの私で価値がある。

そう思えるように、「私には価値がある」というアファメーションにしたの。

「私には価値がある」と思える瞬間が!!

栃木から帰る電車の中で、私は花純さんとの会話を振り返った。夕日が降り注ぐ車内は、とても眩しかったのを覚えてる。

そして、決定的とも言える出来事に遭遇したの!!

興奮して花純さんに送ったメールを紹介するね。

電車で私が座って、色々お話しした内容を振り返ってたら二人組の女性が乗車してきたんです

でも、みんな一つ飛ばしに座ってて、二人が並んで座れる席がなかったんですね。

2人は少し車内を見回したあと、結局1人が座って、もう1人はその前に立って話し始めました。

ですが、座ってる人は、立ってる人と話してても、キョロキョロ辺りを見回してたんです。

会話は聞こえなかったんですけど、「どこも空いてないね」と言ってるように感じて。

それと同時に私の心の中で「イライラ」や「不満」のような感情が出てきたんです。

あれ?と思いながら、私は席を移動することにしたんです。ちょうど日差しが眩しくて辛かったので、私が反対側にいけば、二人は並んで座れて、私も楽になると思いました。

「どうぞ」

と言って譲ったら、立っていた人に驚いた顔で

「ありがとう!」

と言われました。

ここまでは、割と予想してたので、
「ああ、良かった。私も眩しくなくなった。」くらいにしか思ってなかったんですけど。

その後ふと、「もしや、これは私の能力か?」と思って。

そしたら、その2人が電車を降りるときに、立ってた人がさっき以上の笑顔で

「ありがとう!!!」

と言って降りていったんです。

私も反射的に笑顔になって会釈しました。

このやりとりが、身体が震えるくらいの衝撃で!

「私は全然頑張ってないのに、あんなに笑顔でありがとうと言われるんだ!なんだ、こんなに簡単なことだったんだ!」

と、電車の中で泣きそうでした。

席を移動するときは、不満は自分の感覚だと思って

「誰かに譲って欲しくて、あからさまにアピールしてくる図々しい人だな」

と、少しイライラしながら席を移動しました。あと、

「なんで、他の人は移動しないの?気づいてるのに見て見ぬ振りするなんて、みんな自分勝手だな。また私が犠牲になるのか。」

とも思いました。

いつもなら、イライラを引きずって、相手のことを見ないか、目があっても不機嫌そうな顔をしたと思います。

でも、譲った後に「これって私の能力か?」と少し考えたことで、それからの見える世界がこんなに変わるなんて!と、すごくびっくりです。

あの女性の笑顔が今も 目に焼き付いて、離れないくらいです。

繊細で傷つきやすくて、疲れやすくて些細なことも気にする、でも人のために頑張っちゃうめんどくさい自分が嫌いだと、ずーっと思ってました。

でもこれからは、「自分には価値がある」と思えそうな気がします!

〜花純さんへ送ったメール〜

この感動!きっと、伝わってないだろうなぁ。

本当に小さなことなんだけど、私は身体中に電気が走ったかと思うくらい身震いして、必死に涙をこらえたの。

え!?私何も頑張ってないよ!?なのに、満面の笑みで「ありがとう」と言われるなんて!!

今までボロボロになって努力しても、苦しさしかなかったのに。涙

って感じだった。

私「毎日幸せ」って思っていいんだぁ・・・

花純さんからの返信には、こんなことが書いてあった。

その女性は、本当に本当に嬉しくて仕方なかったんでしょうね。

その女性たちの気持ちを察しているのはテレパシーでもあります!お話を聞いているとももかさんはやはり感覚が鋭いです。

今までは、鋭い感覚を他人の期待に応えるためにたくさん使っていたようですが、今後は自然と自分のために使えるようになって行きます。

感覚は、感じていくことで良いセンサーとして磨かれて行くので!

自分の心地良さを追求していくと、今まで苦しい方に反応していた感覚が、今度は自分を幸せに導くセンサーとなり働いてくれますよ。

これから『自分は既に価値ある存在』であったことにたくさん気づくプロセスがあると思います。

そして、もう苦しみではなく!自分&人生を楽しめるステージに突入したようなので。

力を抜いてリラックスを心がけながら自分の心も体も大切に扱ってあげて下さいね。

(メールの一部を抜粋し再編)

震える感動に浸ってぼーっとしていたら、いつのまにか自宅の最寄り駅に着いていたの。

今までに感じたことのない満ち足りた気分。そして、ふと頭の中にある言葉が浮かんだ。

ももか
ももか
あぁー。。私、「毎日幸せ」って思ってもいいんだぁ。

思わず足を止めて手で口を塞いだ。

水中深く沈んでいたボールが、ぽかっと水面に浮かんで顔を出したように、私の中で何かが解き放たれた瞬間だった。

生まれて初めて「無条件の安心感」を感じた瞬間だったよ。

HSPの繊細で儚いイメージがしっくりこない

花純さんのカウンセリングを受けてから、毎日アファメーションとして「私には価値がある」と呟き続けて2週間。

私の心には、ちょっとだけ疑問が残っていたの。

HSPの繊細さや疲れやすさについては、首がもげるくらい頷けるんだけど、自分とは少し違う気がする。

HSPのイメージは、穏やかで優しくて献身的。私は、まとめ役を任されることも多いし、エネルギッシュで行動的な部分もある。

花純さんはHSP非HSSで、まさに「かすみ草」や「さくら草」のように儚く繊細な印象だった。

一方で私は、部活で部長をしたり、リーダーになったり。ステージに上がって発言することも多く、ひとりでもガンガン行動する。

なんとなく、HSPの繊細で儚いイメージとは違う気がしてた。

そこで、さらに調べを進めていくと、HSPHSS研究家の時田さんのブログに出会ったの!!

どの記事も、「え、私の生活を見てたんですか??」っていうくらい共感できることばかりで、夢中で読んだ。

2日間で5年分の記事を読んで、どうしても時田さんに気持ちを伝えたくなってメールしたの。

100年の眠りから覚めたような感覚

ここで、時田さんに送ったメールの内容を紹介するね。

私は、幼稚園児の頃から「周りが何を欲しているのか」を察知して、期待通りに行動してきました。

まさに「すごいね、いい子だね」と言われることが、私の絶対的な存在価値だったんです。

ところが、高校1年生のとき、母が浮気をしました。

家族がギクシャクし、同時に部活も勉強も上手くいかなくなり、半分引きこもりのようになりました。

学校の教室は、閉鎖的で苦しく、突然飛び出すこともありました。

当時は、友達が普通に恋愛したり、勉強したりしているのを「何か違う」と思って、中々輪に入ることができませんでした。

藁をもすがる思いで心療内科に行くと、適応障害と診断され、4年間投薬と通院の治療を受けました。

でも、この診断にはしっくり来ない自分がいました。「この先生は、本当の私をわかっていない」と感じたんです。

なぜかというと、病院では2時間待って、5分先生と話して、薬を処方されるだけでした。

私は「先生は話を聞いてくれるが、心の底で理解してるわけではない。」と感じ取っていたのだと思います。

薬の副作用で体は重く、だるくなるし、薬がなくなったら私は何もできない人間になる。という不安にも襲われました。

それでも、当時はそれしか解決の方法がわかりませんでした。

その後、大学で心理学科に進み、友達にも恵まれて回復しました。通院も終わり、楽しい学生生活でした。

ですが、社会人になり、また「他の人とは違う」自分に気づかされることがたくさんありました。

結局生きづらさは変わらず、アダルトチルドレンのカウンセリングも受けました。

社会では、私が自分の考えを発言すると

「若いのにしっかりしてるね」

「珍しいこと言うね」

「変わってるね」

と言われるばかりなので、

普通になろう、普通になろう、と自分の意見を素直に発言することを抑えてきました。

これらの言葉は、

「変なやつ」

「理解できない」

そんなことなんで気にするの?」

と言われてるようで、どこにも自分の居場所がないと思いました。

ずっと、誰かにわかってほしい気持ちを捨てられませんでした。

「変わる必要なんてない、そのままでいい。」

そう言って欲しかったんだと思います。

もがき続けて、HSPという言葉に出会い、私のことだ!と感じました。

2週間ほど前、別のHSP専門のセラピストの方にカウンセリングしていただきました。

おかげで自分のことが理解できたのですが、「社交的で、活発で行動力がある(ように見られる)。ある程度社会に馴染めてしまう」という点が私と違うなーと思いました。

そこからHSPについてさらに調べたときに、時田さんのブログに出会い、HSP/HSSの特性をわかりやすく説明されている記事を見て、

「私はこれだったんだ!!!」 

と、100年の眠りから覚めたような気持ちになりました!!

記事を読みながら、「そうなの!!!」「わかる!!」と何度も叫んでしまいました。

時田さんのブログを読んで、私も同じようにHSP/HSSに悩んでる人の助けになりたい!と思いました。

ずっと「いらない能力」と思っていた自分の気質が、誰かの役に立つかもしれないと気づき、心に光が射した気分です。

同じことを考えてる人がいる、理解してくれる人がいるということが、こんなに心の支えになるんだ!とわかったからです。

私もこれから、HSPHSSについて研究し、気づいたことをブログでシェアしていきます!

今読み返すと、かなり長文を送りつけていて本当に申し訳ない。だけど、時田さんは「感動して道端で泣きそうになりました。」と言ってくれたの。

ここから、私はHSPHSSの情報をブログに書くようになった。人生の使命を見つけたって本気で思った。

「私が苦しんで悩んできたのは、その経験を今悩んでいる人に発信するためだったんだ。」

って心から思った。そのために生まれてきたんだって。

関連記事

時田さんへのインタビュー記事はこちら▷心理カウンセラーが語る!HSPHSSの「適職探し」と「トラウマ」について

私はHSPHSS

HSPHSSとしての疑問や気づきをブログに書くと、すぐに読者さんから反応があった。

ファッションについてブログを書いていたときは、コメントや感想をもらうことってなかったの。

それが、「私、こんな変なこと考えちゃうんです。」って思い切って記事にしてみたら、とても嬉しいコメントをいただくようになった。

読者さん
読者さん
私も同じこと気になってました!!
読者さん
読者さん
とても感動しました。更新楽しみにしてます。

ファッションのブログを書いていたときは、なんとなく「ここに私はいない」と感じてた。

なぜなら、8割くらい先生の受け売りの言葉だったから。

先生が言っていることが正解なんだと、一生懸命思い込もうとして書いていたから。書きながら、「自分が書いている感じがしない」と思ってたのね。

HSPHSSについて書くときは、正真正銘私の正直な気持ち。例えば、繊細な人は動物園や水族館が楽しめないという記事は、アメブロ時代に書いたもの。

「楽しめないって言っていいんだって思いました。」という感想をいただいて嬉しかった。

頑張って書いているわけじゃないから、それまでの半分くらいの労力で何倍もの喜びを得られるようになったの。

まとめ

エネルギーの仕組みについて理解し始めたときに、再び出会った「HSP」という言葉。

同じ話でも、発信している人によって興味を持てるか変わるよね。

私は花純さんが「伝えたい」という熱量を持って記事にしてくれたおかげで、HSPについてどんどん興味を持つことができた。

そして、実際にお話して「とにかく大丈夫」と言われたこと。

帰りの電車で、私は今のままでも価値があると感じさせる出来事に遭遇したこと。

「毎日幸せ」って思っていいんだぁと感じることができて、時田さんのブログに出会えたこと。

なんだか、全てがつながっているような気がしてくる。

さて、このまま穏やかな日々が始まると思いきや!?

借金が膨らみ家賃が払えなくなる!?

「もう、どうしたらいいかわからない。」とお姉ちゃんに泣きつく。

次回は、一人暮らしをやめて実家に帰る決意をしたときのお話だよ。

それじゃあ、またね。